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「関東ふれあいの道 神奈川県コース 7〜大磯・高麗山のみち〜 」を歩いてきました。

(赤字は、「関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)コースマップ」からの引用です。)

スタート地点は、平塚駅からバス(10分に1本程度です)に乗り、西海岸バス停です。

平塚駅南口バス停

西海岸バス停から北へすぐの下花水橋で花水川を渡り、川沿いを北に向かいます。

以前の下花水橋は、木橋だったようで、新しい橋も木橋をイメージしているそうです。
なお、「花水川」の名前の由来は、Wikipediaによれば………
『大磯町の郷土史研究家で高來神社の神主でもあった高橋 光の著書に、鎌倉時代以前は「波奈美頭可波」の字が万葉仮名としてあてられていたとあり、「美頭」は太古の人の髪型「ミズラ」のように川が曲がりくねっていたからだとしている。』
とのこと。

西海岸バス停 コース標識 交差点

川の中をのぞくとサギやカモやウの仲間唐見ることができます。

何羽かいました。でも、「サギやカモやウの仲間」は、ちょっと読みづらいカモ!

鳥1 鳥2

東海道線にぶつかって西へ進むと線路をくぐります。
国道1号を渡ると高来(たかく)神社の烏居が見えます。
このあたりは高麗で、ここは奈艮時代に朝鮮半島の高麗人が移り住んだことからついた地名です。

高来神社の紹介は、大磯町のホームページにあります。

東海道線 高来神社の鳥居 高来神社

道は高来神社境内を通り、高木の生い茂る自然林、高麗山県民の森へ入ります。
苔むした石段が見えると間もなく高麗山山頂(大堂)です。

男坂と女坂があります。
男坂は、急坂を一気に登ります。
途中、高麗山山頂(大堂)まで「5分? 10分?」の標識があります。
迷わず、「5分!」の方向へ。
数分で苔の階段が現れ、一気に登り切ると高麗山山頂(大堂)です。

高麗山県民の森入口 5分? 10分? 苔の階段 高麗山

山頂からは八俵山を経て浅間山と、コナラの林の中を進みます。
浅間山の休憩所でひと休みし、さらに足を進めると湘南平(干畳敷)です。

景色はあまり見渡せません。
しかし、木に名前がついているので、今まで気になっていた木の名前がわかり、楽しめます。

八俵山 浅間山

展望台からは、関東平野や相模湾、丹沢、箱根の山並みが一望にでき、天気がよければ富士山が見えます。

絶景が楽しめます。小さな子どもも多数いて、「ここまで歩いてきたのかな?」と思っていると、近くに駐車場がありました。
ここまでは車で来ることができるできるようです。

テレビ塔 展望台からの眺め(相模湾) 展望台からの眺め(今まで歩いてきた山) 展望台からの眺め(丹沢) 展望台からの眺め(湘南平)

ここからは雑木林を下り、善兵衛池を過ぎ住宅街を抜けると、ふたたび東海道線をくぐり国道1号に至ります。
大磯中学校前の歩道橋で国道1号線を跨ぎ東海道の松並木を西へ進みます。
この付近には、室町時代より数多くの歌が詠まれ俳諧の道場でもある「鴫立庵」、旧伊藤博文邸などがあります。

湘南平にいたかわいい猫に挨拶をして、下山です。
降りきったところに「善兵衛池」があり、その後住宅地の中を歩きます。
歩道橋の上からの眺めは、今まで歩いてきた道が見渡せます。意外と絶景です。

善兵衛池の紹介→大磯町のホームページ
鴫立庵の紹介→大磯町のホームページ

湘南平の猫 善兵衛池の看板 善兵衛池 東海道線2 歩道橋

滄浪閣手前を左へ曲がり高い塀とうっそうとしたクロマツ林を板けると、道は小淘綾ノ浜(こゆるぎのはま)へ。
万葉集に「相模路(さがむじ)の余呂伎(よろき)の浜の真砂なす児らはかなしく思はるゝかも」と詠まれた場所です。

山から海へ到着です。海は広くて大きいです。

ちなみに………

「滄浪(そうろう)」の由来は………
楚辞の漁父第七「滄浪之水清兮 可以濯吾纓 滄浪之水濁兮 可以濯吾足」とされているそうです。
「滄浪の水の流れがきれいならば、冠の紐を洗い、滄浪の水の流れが濁っているときは足を洗ったほうが良い」という意味のようである。
なお、滄浪とは、長江の支流の漢江(かんこう)を指すそうです。

「小淘綾ノ浜(こゆるぎのはま)」の由来は………
大磯中学校前の掲示板(環境省・神奈川県)によれば………
『「ゆるぎ」とは、波の動揺をあらわし、かつては余呂伎、余綾と書かれ、今の大磯町と二宮町は相模国余綾郡とよばれていました。
万葉集には、「相模道の余呂伎の浜の真砂なす児らはかなしく思はるるかも」と詠まれています。
平安時代の古今和歌集には、「こよろぎ」とよまれましたが、その後の歌集には「こゆるぎ」とよまれました。
歌枕の小余綾の磯は、今の大磯から国府津あたりまでの海浜一帯をさすといわれています。』
とのこと。

壁 小淘綾ノ浜へ 小淘綾ノ浜

ここからは太平洋自転車道を通り、血洗川を経て旧吉田茂邸へ、この間は小淘綾ノ浜を歩くこともできます。

海岸に近い気持ちの良い道が続きます。
「旧吉田茂邸」は、火災のため入ることができませんでした。

なお、「血洗川」の名前の由来は、Wikipediaによれば………
『血洗川の近く、切通しの岩窟中に行基作と伝えられる地蔵があった。(現在は大磯町国府本郷の西長院にあり「身代わり地蔵」と呼ばれている。)縁起によれば、源頼朝が鶴岡八幡宮に参拝した際、狼藉をはたらいた者がおり、梶原景時の子悪太郎景義が疑いをかけられた。この地蔵に帰依していた悪太郎はお参りに来た際に畠山重忠によって討たれた。だが、悪太郎の身体には傷はなく、代わりにこの地蔵が血を流し、その腕も刀傷を受けたかのようであった。その時に地蔵が流した血を洗ったことにより、この名がついたと言われている。』
とのこと。

太平洋自転車道 血沈川 旧吉田茂邸


葛川手前を上流に進みふたたぴ道は国道1号へ戻ります。
大磯駅方向へ少し戻ると切通しを過ぎ、県立大磯城山公園が左手に見えると、間も右く終点城山公園前パス停です。

国道1号へ出ると、ゴールはすぐです。

標識3 城山公園前バス停 終点

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